研究員紹介

森菜旺未・副所長

<プロフィール>

身体哲学道場湧氣塾にて、チーフインストラクターとして現在に至る。 身体を骨格から捉え、身体の持つ限りなき可能性を日々指導しているなかで、 外部身体からのアプローチが内部身体へとつながり、内部身体の変化が自己の変化をもたらすことを知る。 「心の問題を、身体からでしか解決できない」ということをテーマとして、身体から心の世界を捉えみようと考えている。

<所長からの一言>

身体哲学道場湧氣塾のチーフインストラクターの森菜旺未さんは、私の知る限りほとんど最悪のレヴェルの偏差を克服し、現在その経験を生かして呼吸身法の指導部の中心的な存在として指導に当っている。 いわゆる巫女的な資質ともいえる敏感な感性と女性にはめずらしい論理的な分析能力によって高いレヴェルの実践的身体哲学の能力、つまり身体知を体現している。 彼女には、女性や子供、また年配の人々への広範な身体の知へのめざめを導く、身体哲学の新しい実践の場を切り拓いてもらいたい。 身体哲学研究所副所長でもある。

 

堀井一弘・主任研究員

<プロフィール>

2002年北海道大学文学研究科修了(哲学)。 同年ドイツ・フライブルク大学博士課程に進学し、現象学および中世神秘主義を研究する。ドイツ留学中に座禅に出会い、東洋の行法が豊かな可能性を持つこと、西洋哲学の限界、また身体を無視した従来の文献研究一辺倒の無意味さに気づく。 2007年帰国後、『阿修羅の呼吸と身体』に導かれて湧氣塾に入塾。 現在の関心は、「呼吸身法と神秘主義」、「呼吸身法と悟り」。

<所長からの一言>

堀井君は大学と大学院で西洋の哲学を学び、さらに本場ドイツでハイデガーの研究を続けていたとき禅に出会った。 おそらくその禅との出会いによって彼の中で日本人として本当に哲学する心が芽生えたのだろう。 その後本格的に身体で哲学する道すなわち現代の行法を求めて私の身体哲学道場の門をたたいた。 彼には西洋の哲学的ロゴスによってどこまで東洋の行法的世界に迫ることが可能かに挑戦してもらいたい。

 

槇島篤・研究員

<プロフィール>

鍼灸師、理学療法士、呼吸療法認定士 フェルデンクライス・メソッド・プラクティショナー 医療現場の中で自分自身の身体的不調に対処出来ない者が大きな顔をして人を診ている事に疑問を持ち様々に模索する中で『阿修羅の呼吸と身体』に出会う。2008年呼吸身法に導かれるまま湧氣塾スタッフに加わる中で身体と人の生き様の関連性に気付かされ苦悩すると共に身体哲学の重要性を日々認識している。

<所長からの一言>

槇島君は理学療法士としてまた鍼灸師として長く医療の現場にいて様々な医療、医術の矛盾に直面してきた。 診断するだけではなく本当に身体を直す医術とはどういうものかということである。 これは、現代人における認識論と存在論の混同だといってもいいとても大切な哲学的テーマである。 彼には私の実践的身体哲学(呼吸身法)をベースにしたしっかりとした医術を身に付け、医療現場での変革を目指してもらいたい。

 

福守隆行・研究員

<プロフィール>

1965年生まれ。早稲田大学大学院修了、米国にてMBA取得。 現在、都内企業に勤務。 学生時代に、勇崎所長の教えを受ける。2007年に『「阿修羅」の呼吸と身体』に出会い、勇崎所長に再会。呼吸身法の修行を通じ、半月板の手術により十分に曲がらなかった膝が曲げられるようになり、正座・結跏趺坐ができるようになるなど、身体の変化を実感。さらに行により開発された身体を通じた知の探究をすべく参加。

<所長からの一言>

福守君とは彼が早稲田の学生である時からの長いつき合いである。 彼はおっとりした性格の中にねばり強い芯があり、日本人にはまれな明るい”陽”の氣にあふれる身体性の持ち主だ。 今は金融関係のサラリーマンをやっているが一生サラリーマンをやっているが一生サラリーマンで終る男ではない。 哲学的思索力、クールな実業家の見識、さらには神秘的な感受性ももっている。 彼には狭い日本の壁を乗り越えた、国際的、宇宙的な共感を呼ぶ身体世界の構築をめざしてもらいたいと思っている。

 

山形晃司・研究員

<プロフィール>

アメリカ型資本主義の限界が叫ばれる中、新しい経済システム構築の必要性があるとの問題意識を持つ。商社や投資会社でのビジネスの実体験を踏まえ、身体哲学を根本原理とした21世紀にふさわしいビジネス思想を研究。

<所長からの一言>

山形君はユニークな学部としても有名な一橋大学の社会学部の出身で、広く文学、哲学、経済学、思想などに問題意識をもち、現実社会を常に高い視点から眺めながらビジネスマンとして社会の一線の現場で身体的直観を発揮している。 私の身体哲学に早くから共鳴して、最近ではかなり確かな呼吸力を身に付けてきている。 彼には社会を実際に動かす実践的な身体哲学の展開を期待している。