Body

「Body」は、いうまでもなく、からだ、身体、肉体を表わします。

英語の「Body」の他に、ギリシア語のSoma(ソーマ)、ラテン語のCorpus(コーパス)も身体を表わします。

それぞれ微妙なニュアンスの違いがありますが、心や精神を尊ぶ西洋ではギリシャ語のソーマもラテン語のコーパスも比較的価値の低いものとしてとらえられています。

002

 

その典型として、“ソーマ”にも“コーパス”にも生命の抜けた“屍体”という意味があるということです。

そんな訳もあって、身体哲学研究所では身体哲学をSomatic PhilosophyともCorporeal PhilosophyとはいわずにBody-Mind Philosophyと命名しました。

Body-Mindの意味は、Body(=Mind)つまり、Body including Mind(心を“入れ子構造”的に含んでいる)という意味です。

したがって、心身二元論の立場に立っているのではなく、心身二元論を超えているという意味です。

ところで、Bodyのことを日本語では“身”ともいいます。

これは、日本人の先駆的な身体哲学者市川浩が展開したところです。

 

この“身”(ということば=概念)は、まさに“心”とも“氣とも共有する使い方があるように、身体哲学研究所の身体観(身体論)とも多くの点で重なっています。

しかし、この市川浩の“身”では世界に向けて普遍的に語れない所があるので、身体哲学研究所ではBody-Mindで身体の本質を象徴させたいと思っています。

 

また、古い漢字で“體”(からだ)という字があります。

これも骨文法に基づき、骨を最重視する身体哲学研究所では身体の本体(機械的=有機的構造)をとらえる非常に示唆深い象形として時々用います。

さらには、身体や体を“からだ”(空だ)と呼ぶとき、仏教行法で行きついた宇宙的な“空”の状態をどこかで先取りしている感もあり、日本語(和語)の“からだ”は日本人の歴史的な身体性の高さを示していて大変興味深いと思います。